ぶろん氏は語る

僕達は独りじゃない

不器用である

 

今日の作業用BGMはSound Horizonであった。Sound Horizonは中学生の頃から好きなアーティストの一つである。中学生の頃から好んで聴いているのはこれとALI PROJECTBUMP OF CHICKENASIAN KUNG-FU GENERATIONポルノグラフィティとB'zとくるり戸川純スピッツぐらいのものの様な気がする。私はどちらかと言えば狭く深く聴くタイプであるので、好きになったアーティストのCDは片端から借りていった記憶がある。今は亡き親戚が組んでくれたパソコンの中もまた、音源で溢れかえっていた。

 

来月は何に自己投資しようか悩んでいる。ここ5年程変わらぬカラオケのレパートリーを増やすのが良いような気もする。もうここ1年程CDを借りに行っていない。大人となった私は、昔と比べて様々な音を受け入れる耳を持つ様になった。その点も踏まえた上で、音の旅に出るのも悪くはないと思う。最寄りのTSUTAYAが中野であるが故に少し戸惑っていたが、障害者割の効くバスも出ていることだし、遠くに足を運ぶのもそれはそれで良い選択肢である筈だ。今まで借りたものの中で歌詞を暗記できていないものを借り直して、音源の中に歌詞を打ち込むのも良いだろう。あまり金を掛けずに集中出来る時間を作りたい。

 

上手く生きていくのは難しい。私の場合自分でこなせることの全てをこなしていては莫大な時間と金を要する。出来ないことが全く無いという訳ではないだけマシと解釈するのが正しいものと思うが、この器用貧乏さで苦悩してきたことも事実である。やることを絞り一つの道を極めていれば何かが変わっていたかもしれないし、親が私の出来ることにもう少しだけ関心と理解を示してくれていれば何かが変わっていたかもしれないとも思う。切り離した今となっては関係のないことである。私は自分にとって不都合であったり不愉快であるものはとことん切り離してきたが、時折その喪失感が焦燥感に化けることがある。その焦燥感への対処法をもっと深く潜っていかなければならない。無理に手にする必要のないものを何故求めてしまうのであろうか。その理由も含めて、探りたいと想う。