ぶろん氏は語る

僕達は独りじゃない

過信と玉砕

 

自分は何者にもなれないのだと自覚したとき、私は目の前の全ての物が自分には必要の無いものであると認めざるを得なかった。それと同時に、恋人も友人は私が私であることを認識させてくれる存在であるということを知った。彼らは立場を超えて私に干渉してくることは先ず無いし、その上で私を楽しませる手段をたくさん知っている。私は彼らを楽しませる手段を何も知らないけれど、彼らは何も分からない私に一から全ての物事を毎度説明してくれる。私は彼らに頭が上がらない。

 

今日は動画漁りをして、ジョジョの奇妙な冒険をうろ覚えで説明する動画を主に観ていた。丁寧さと雑さの入り混じった音声と絵のお陰で、少し頭が和らいだ気がする。ここのところシリアスなアニメばかりを観ていたので、頭が過剰回転していたのだろう。私は影響を受けやすい人間であるが故に、何かを観た後は暫くの間は観たものの言い回しであるとか、仕草であるとかを無意識のうちに真似てしまうのである。

 

私に知能指数がもう少しあれば様々な技術を身に付けていくことが可能なのかもしれないが、生憎私は万能さに欠けた人間であるので、推察の類は苦手である。面白いと思ったものを吸収する辺りが限界であろう。

 

万能とは程遠い。そんな人間がコンテンツとして成立することが叶う日も、恐らく遠い未来のことであろう。40代になる前に何かしらの社会に属しなければ、私は針のような人格で人を刺してしまうに違いない。早く擦れなければという焦りが、尚の事私の首を絞める。解放されたい。