ぶろん氏は語る

僕達は独りじゃない

何をしても一人

 

カラオケに模型組み、ファッションに外食、結局何をしても私は一人なのだなあと噛み締めることが多い。今も私は朝食と昼食を済ませて散歩がてらに向かった喫茶店でドリンクの回数券を頼み、サービスのドリンクを飲みながらこのブログを書き散らしている。今週は恋人に会えないらしい。恋人は元来忙しい人であるし、今月は試験も控えているので尚の事気忙しく、私に構っている余裕など殆ど無いのであろう。その事実が一層のこと私が一人であるということを確立させていく。私は一人だ。何処にいても、何をしても、何も変わらない。

 

孤独である時間は確実に私を蝕んでいくので積極的に潰していかねばならない。そんなことは解っている。だから今もわざわざ外に出て喫茶店に居るのである。それなのに何故胸の奥をびゅうびゅうと風が吹き抜けて行くのであろうか。これで何も変わらないとなれば私はただ黙々と家か実母の家で何かをする機械になる以外に選択肢は無い。元々家で何かしらのことはしているが、このどうしようもなく虚無に囚われている時間を減らしたい。心の休まる場所が欲しい。そう思うことは私にとっては悪いことなのであろうか。

 

昨晩に、取り出し違えた薬をそのまま全部飲んだ。過剰服薬であることは承知していたが、構わなかった。現実だけが非情に過ぎ行き、私の心は置き去りにされ、いつかも分からぬ日のままで留まっている。私にはいつも余裕が無い。自分で自分の機嫌を取ることで精一杯である。友達でなくとも構わないので対話の出来る相手が欲しい。社会に出たら何かしら変わるのであろうか。そもそも私の様な人間でも雇ってくれるところはあるのであろうか。想像もつかぬ。