ぶろん氏は語る

僕達は独りじゃない

意識の中の輪廻

 

どうしようもない孤独感に苛まれてカラオケボックスに来ているが、何も変わらない。私は独りのような気がしてならない。実際にはそんなことは無い筈なのだけれど、私は私であることをとても苦しく思う。私でない何者かになりたいと願って止まない。

 

養母がまだ生きていたら、今の私をどう思っただろうか。恐らくは此処まで人生としての道を踏み外すことは無かった。道を踏み外すとは何だろうかとも思ったが、兎に角今の私は此処に居なかった。将来を悲観して自殺していたかもしれないが、勉強をもっと頑張って大学に行っていたかもしれない。周りが羨ましい。私よりも恵まれている人がたくさんいるのは解った。死にたいという言葉が浮かんでは消える。明滅を繰り返す死への羨望は、私の存在を少しずつ消していく。友達も昔と比べたら随分と減った。会うことも無いであろう知人ならそれなりに居る。友達が欲しい。私が私であることを理解してくれる存在が、私の手の届く範囲に欲しい。

 

そんなことを考えたり願ったりしたところで叶う筈が無いし、私は私を受け入れなくてはならない。無いものを強請ったところで無いものは無いのだから、強請るだけ無駄なのである。生きているだけ無駄に思えてきた。統合失調症は平均寿命が短いらしい。私はその点に関しては少し夢を見ている。死んだら義父と実母はまた一緒に暮らしてくれるだろうか。なんだかんだで仲良く暮らしていた初めの頃に戻ってくれるだろうか。戻ってくれなくても構わない。私を息子の様に思ってくれなくとも良い。せめて娘と思ってくれるだろうか。

 

何処にも存在したく無くなる。そのうち私はまた全てを消して、自分など居なかったことにするのであろう。そのうち居ない自分にも堪え兼ねて新しい自分を生むのだろう。意識の中で繰り返される輪廻を断ち切りたい。